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なんだかんだで、まだいます

アメリカで人類学を勉強するプログラムから早々に離脱した後日談

発言小町に感動したところから始まるブログ

ドロップアウト 大学院課程

大学院留学がつらい。 : 趣味・教育・教養 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

さて記念すべき第一稿目は、上の発言小町を読んで感動したという話から始まります。

ナンノコッチャわからんので、少しは説明を...。

2016年10月から米国東部、アイビーリーグの大学院にて、文化社会人類学を専攻する博士課程(標準5年)プログラムを開始しました。始まって約4週間が終わったいま、ものすごく辛いです。

初めの1、2週目は、授業(といっても主に学生のディスカッションが授業内容のほとんどを占める)でみんなが喋ってる言葉がほんまに聞き取れず。早いしアクセントあるし、そして人類学特有のあの回りくどい表現で延々と続く抽象的・繊細な物言い。たんにレクチャーなら、わかる。議論やからこそ、意味わからん。文脈も背景も論理も配慮も全部ぶった切って、ありとあらゆるバックグラウンド・癖・アクセント・速度の学生が縦横無尽に繰り広げる阿修羅のような議論のテーブル。

1週目は夏の間にリーディングを済ましていたから、リーディングには問題無し。が、2週目からは問題有り。三日に一回は明け方の4時・5時まで読み(もちろん土曜日曜なんて関係ない)、それでも全部は読めずにスキミングでごまかす。さすがに身体の危険を感じ、かつ気力が持たず、3週目からは、読む対象をさらにセレクティブにする。

今更ながら、読む速度が極端に遅いことを改めて真剣に考え、これはそもそも異常な遅さなのではないかと考え始め障害支援室へ。3,800ドルの認知・心理・学習能力検査テストを受けることに。ただし健康保険と大学の支援制度のおかげで、ほぼ自腹はなし(すごい)。

同時に、大学の予算で運営している学生サポート制度をフル活用。Writing Centerなるレポート・論文執筆支援のメンター制度に殴り込み、ライティングメンターにリーディングを教えてもらう(破天荒)。メンターは歴史学科の博士候補生。真剣に相談に乗ってくれ、ほんまに助かる。ただしこのメンタリングによって、普通みんなが取り組むリーディングの戦略やコツはほぼ網羅的に実践済みという事実が発覚し、これ以上どうしようもない感を露呈。

4週目は、当初非常に良い人と思われた学科長との間で文化摩擦的なミスコミュニケーション(+それと絡まった形でアカデミックシーンでの文化摩擦)を経験し、拠り所を失った気がして精神的なダメージ計り知れず。心理的・身体的に追い詰められた状態での精神的ショックに耐え切れず、カウンセリングオフィスへ。面談中泣きそうになる。ちなみに面談の予約のために受付に電話した時には、電波が悪かったのか名前の綴りとかがなかなか伝わらず、受付の人にうんざりされたことに落ち込み、電話を切ってから泣くという始末。そういえばその前の週にもトイレで一回泣いた。

そして今日から始まる5週目。今日のクラスはいつにも増して手に負えない炎上ぶりで、全くなんのことを言っているのか(言ってる言葉はわかるがその意味が)わからない。ひどく落ち込む。

というところで、これはどうも場違いな場所に来た、これは完全に落ちこぼれて帰国する画しか思い浮かばない、という気持ちが四日に一回くらいは浮かんでは消え浮かんでは消えする毎日です。ちょっとリアルな鬱っぽさにも、危険を感じている。そんなときにふと思いついて、「アメリカ PhD つらい」とGoogle検索をしてみたら冒頭の発言小町。なんという、惜しみのない応援の言葉たち。泣きそう(4回目)。

これを読んで感動してみて気づいたのは、自分を冷静に俯瞰してみる目を持ててなかったということ。冷静に考えれば、PhDのコースワークの評価は主に書き物によって行われる。授業でよくわかってなくても、ある程度はごまかせる(ロンドンで修士をやったときも結局それがすべてやった)。しかも頑張って読み物はやってるんやから、一番重要な発想やアイディアは理解しているはず。学科長とのコミュニケーションがうまくいかんかったとしても、人間そんなもんや。落ち込みすぎや。冷静になるゆとりがないのはわかるけど、冷静になれればきっと冷静になれる(←人類学の議論は往々にしてこんなんです)。

自分のことを文章にしてみたら、強制的に冷静になれるやろう。これはきっといい道具になるに違いない。では、これからどうぞよろしくお願いします。5週目も「なんだかんだで、まだいます」。まだまだこれからも、「なんだかんだで、まだいます」と言い続けられることを願って。