なんだかんだで、まだいます

アメリカで人類学を勉強するプログラムから早々に離脱した後日談

ニューヨークと9・11記念博物館

ニューヨークに1泊して遊んできた。世界中どこに行っても、ひたすら一人で街を歩き続ける。その街の美味しいものを食べる。物価が安ければその国のビールを飲む。クタクタにくたびれてお腹いっぱいになって(お酒も入って)、ドミトリー形式の安宿でせせこましくシャワーを浴びてからグースカ寝る。いつもちょっとくらい本を読もうと思うけど、ベッドに入った瞬間に寝てしまう(最後の部分は家にいても一緒)。ニューヨークでは、ビールの部分だけ割愛して、そのほかは全ていつも通りの滞在でした。実際物価は激烈に高い。サンドイッチを食べて2000円したこともあった。

そんなスケジュールのおかげで、まともに観光と言えるスポットは9/11記念博物館だけで終わってしまった。それ以外はほんまにひたすら歩き続け、ユニクロとアウトドア用品店で必要な服を買い、そして夜にたまたまハロウィーンパレードに遭遇。1時間前くらいから立って待ってたおかげで、ほぼ最前列で鑑賞。渋谷のハロウィーンとはまた違う、味わい深い光景でした。

9/11博物館は、面白かった。もちろん、歴史の表象と創造の観点から。入って一番最初に見せられるパネルに、こんな言葉が書いてあった。これを見て、大げさでなくほんまに体が震えた。

Nearly 3,000 people were killed on that day, the single most largest loss of life resulting from a foreign attack on American soil, and the greatest single loss of rescue personnel in American history. Approximately two billion people, almost one third of the world's population, are estimated to have witnessed these horrific events directly or via television, radio, and Internet broadcasts that day.

これが、アメリカにとっての9/11です。まず、アメリカが関わってきたあらゆる戦争は、全て外の土地で行われてきたことを、今更ながら確認させられる。とりわけその「戦争」が、前世紀・今世紀の最も凄惨な戦争のほとんどを含むという事実を改めて考え、また逆にアメリカの土地で見た死者数は正確に3,000人であり、かつそれ以上ではないという事実を突きつけられる。次に、これら全てを以ってしても依然として、アメリカはこの事件が世界の全ての人間の即時の注目を然るべくして集めたと自認している、ということを知る。そして最後に示唆として、”アメリカが世界の中心である”ということを、今更ながら叩きつけられる。

この後に続く膨大な展示は、その資料の全体的な豊富さ、写真記録・映像記録とクロノロジーの詳細さ、感情を惹起する仕掛け、事件それ自体に加えてレスキュー隊の努力と犠牲を強調していること(つまり単に「恐ろしい事件」ではなく、身を賭して戦うべき相手として事件を想像すること)、などの特徴が容易に目につく博物館でした。

広島の原爆記念館と、シンガポールチャンギ博物館(日本軍占領時代の記録)とを、頭の中で比べながら回った。圧倒的に9/11記念博物館に特徴的なのは、その物理的な大きさと、資金的な規模と、資料の豊富さ。民間人が録画した高解像度の映像や、ボコボコに潰れた消防車の実物展示や、現場の更地化の過程で行われた保存・追悼セレモニー(の記録が展示されてる)の規模など。このどれ一つも、広島では不可能やった。結局9/11においては、ビルとその周辺はアポカリプスのような状況やったとしても、ニューヨーク全体として、あるいは国全体としては通常状態であり、あらゆる力を総動員してその瞬間の記録を残すことができた。広島ではこれはできひんかった。原爆記念館の展示資料の中で、GHQの調査隊が残した調査結果が少なからぬ位置を占めていることが、そのことを物語ってる。

一方で、原爆記念館で行われている展示は、チャンギ博物館では不可能やった。チャンギ博物館と比べたら、原爆記念館なんてよっぽどよく整備されている方や。シンガポールの日本統治時代にどんなことが起きていたかなんて、チャンギ博物館に行っても断片的にしかわからへんし、歴史家が散々研究を重ねてもぼんやりとしか明らかにならへん。シンガポールで起きたことと広島で起きたこと、それぞれが「記録」として後世に残っていく程度の違いが、「記憶」として後世に残っていく程度の違いになってしまう。シンガポール/広島で起きたことと貿易センタービルで起きたこと、それぞれが「記録」として後世に残っていく程度の違いが、「記憶」として後世に残っていく程度の違いになってしまう。その「記録」は、その事件を受けとめた国の国力が大きいほど、またその事件を受けとめた社会のテクノロジーが発達しているほど、より詳細なものとして残る。その国力もテクノロジーも、事件の「記憶」それ自体とは本来的には関係すべきでないにもかかわらず。事件が記憶に残っていくかどうかが、結局国力とテクノロジーに左右されてしまう。