なんだかんだで、まだいます

人類学をやり続けるしつこさには定評がある

自分の仮説を(途中まで)立証している論文を発見。視覚的な文章も、視覚的でない文章も、等しく視覚的にゆっくりとしか読めない脳について。

最近Googleから検索でここにたどり着く方が増えているようなので、これまでの経緯をおさらいします。アメリカで大学院に入ったんですが、英語の読書スピードが遅すぎて到底やっていけず、誰にも理解されずに支援を受けられないままドロップアウトしました。学力も英語能力も、十分に高い。しかし(英語の)読書スピードは100人中で下から1位。これが、一体何なのか??というのをずっと調べています。どうやら自分は自閉症スペクトラムASD)を持っているらしい、というところまで分かっていて、自分の感覚的には読書スピードもASDと関わっているように思えてなりません。そういうときに、以下の論文を見つけました。

RK Kana, TA Keller, VL Cherkassky, NJ Minshew & MA Just

Sentence comprehension in autism: thinking in pictures with decresed functional connectivity

Brain. 2006 September 129(0 9): 2484-2493.

 「自閉症の人が文章を読むときの脳の使い方が、自閉症じゃない人と比べて根本的に異なってる。普通の人なら言語能力と関わる脳機能を使うような場面で、自閉症者は視空間認識と関わる脳機能を使って文章を読んでる」と、実験で示している論文です。

テンプル・グランディン『自閉症の脳を読み解く―どのように考え、感じているのか』(リンクはアマゾンアソシエイト)に引用されていたことから発見しました(6章、P174)。

これはまさに、読むのが遅い謎の現象にぶち当たった結果として、文章を読むときに頭の中の動きがどうなっているのかを自分自身でよく観察して打ち立てた仮説そのものです。それがそのまま、脳科学の論文で実験結果とともに示されている。

ここで行われた実験とは、簡単に要約すると以下のようなもの。

自閉症者のグループと、対照実験のための定型発達者のグループを用意する。

意味内容的に視覚性の高い文章問題(視覚問題)と、意味内容的に視覚性の低い文章問題(言語問題)を用意する。

視覚問題とは例えば、"The number eight when rotated 90 degrees looks like a pair of eyeglasses. True or False?"(ローマ数字の八は、90度回転させると眼鏡のように見える。正か誤か。)のようなもの。

言語問題とは例えば、"Animals and minerals are both alive, but plants are not. True or False?"(動物と鉱物はどちらも生きているが、植物は生きていない。正か誤か。)のようなもの。

両グループが二種類の問題を解く際に、脳内のどの部位が活性化されるかを、MRIによって調べる。

定型発達グループは、視覚問題に対しては視空間認知に関わる脳の部位が活性化し、言語問題に対しては言語に関わる脳の部位が活性化した。言語問題に対しては、視空間認知に関わる脳の部位が活性化することはなかった。

自閉症グループは、両方の問題に対して視空間認知に関わる脳の部位が活性化し、異なる種類の問題に対して脳の使い方の変化が見られなかった。

細かいことは他にも色々あるが、一番重要な議論は以上のとおり。確かに僕自身も、上記の例題を最初に見たとき、動物の絵と結晶体の絵を思い浮かべて、それを見て「いや生きてない」と判断した。全く実験結果の通りやと思う。

何故このようなことが起きるかという原因論については、いろんなレベルでいろんな推測が行き交っていて結論が定まらない。けれども、有力そうな考え方は、脳の部分部分を結ぶ神経回路のうち、あるものが何らかの理由でうまく発達しなかったために、他の部分と繋げる神経回路を発達させることによって能力を補った、という説。これはMRIによる画像データからも根拠が出されている。

文章を読む際に、何ら視覚的な意味内容のない文章であっても必ず脳内の視覚能力を経由しないと意味が理解できない、というのは、自分で自分の脳の動きをよく観察してたどり着いた発見そのものや。しかもその時の感覚は、言語を言語のまま理解しようと努めても頭の中がモヤモヤして脳が機能しない感じがし、永遠に理解ができない、というもの。この感覚は、「本来あるべき神経回路が不在である」という脳科学的な説明にぴったりと合致する。

 

この論文では残念ながら、短い一文を対象にした実験にとどまっている。その上で、解答にかかった時間は自閉症グループも定型発達グループも差異がなかったと(極めて簡潔に)述べるにとどまってる。

でも、この実験みたいに「一文について立ち止まって考えて、正か誤かを解答する」のではなく、もし「連なった長い文章を、内容についての判断なしにどんどん流し込んでいく」という作業を行なったとすれば、両グループにおいて作業に要する時間が大きく変わるとしても全くおかしくない。本を読むときに僕の頭の中で起きてしまうのはまさにそれであって、書かれている全ての言葉・文章をいちいち視覚的なイメージに変換して読まないとあかんから、言語を言語のまま理解するのと比べて時間がかかってしまう。目自体では素早く文章を追えるけど、意味内容を少しでも理解しようとすると、イメージを連想・想起するスピードが読むスピードを制約してしまう。

友達に「どれくらいの速さで読めるのか」と聞いて回った印象では、普通の人はどうやら読む速度をコントロールできたり、文章によって大きく速度が変わったりするらしい。僕は、これが起きない(起こせない)。どんなものでも、ほぼ一定の遅い速度でしか読めない。ただしその中でも難易度によって多少の速度変化はあるけれども、でも他の人と比べてその変化は圧倒的に小さいみたい。この論文の実験結果は、このことも上手に説明してくれるんちゃうやろうか。普通の人は、言語的な認識能力と視覚的な認識能力の両方を使って文章を読む。素早く(浅く)読もうと思えば、言語的な能力だけを使うことができる。文章が難しかったり、精読したいときは、視覚的な能力も使って読むから、そのときは視覚的能力の処理スピードに引きずられて遅くなったりする。言語能力と視覚能力をどれくらいの按配で組み合わせるかによって、極端に早い時から極端に遅い時まで、連続的なスピードの変化が生まれる。これに対して僕は、(ほぼ)視覚的能力しか使えないから、(ほぼ)一定の遅い速度でしか読めない。

このレベルまで問題設定をして実験をしたような論文は、どうやら存在しない。専門家に会うときに、この話をしてみようと思う。研究データが存在しない仮説的な話やから、専門家にとっても確定的なことは言えへんやろう。でも、「自分は自閉症スペクトラムがある」かつ「自閉症スペクトラムが原因となって読書スピードが極端に遅い」という二つの議論両方について、専門家から何らかの支持をもらえれば、大学に入り直すとかの選択肢を選ぶときに強い味方になる。

 

 

ちなみに、これまでで読んだ自閉症関連の文献の概要は以下の通りです。同様に勉強する方は、参考にしてください。

 

★★神尾陽子『成人期の自閉症スペクトラム診療実践マニュアル』(リンクはアマゾンアソシエイト)医学書院、2012。

自閉症を専門にする精神科医が、一般の精神科医向けに書いた臨床マニュアル。今の時点でもっともオーソドックスに、包括的に、基本的な事項を知れる本。

 

★★青木省三『大人の発達障害を診るということ: 診断や対応に迷う症例から考える(リンクはアマゾンアソシエイト)医学書院、2015。

自閉症を専門にする精神科医が、一般の精神科医向けに書いた臨床ガイド。神尾に載っていないような、より現場に即した症例を多数紹介する。典型的な自閉症者は臨床現場においてマイノリティであり、グレーゾーンに属する患者こそマジョリティなので診断と治療に知識が必要だ、という基本的な理念のもと、そういった扱いの難しい症例をどのように診断し扱ったか、そこから得た教訓は何か、を詳述。

 

★★☆石坂好樹『自閉症とサヴァンな人たち -自閉症にみられるさまざまな現象に関する考察‐(リンクはアマゾンアソシエイト)星和書店、2014。

自閉症を専門にする精神科医が、一般の精神科医向けに書いた研究書。現在主流となっている学説を批判的な立場から俯瞰し、自閉症研究において何が未解決のまま残っているのかを真摯に提示する。また、自閉症者は何が「できない」のかではなく、何が「できるのか、得意なのか」に着目して、そこから自閉症の原因・機制を解き明かそうとする。そのため、特殊な能力である「サヴァン」に着目する。

 

★★☆内海健自閉症スペクトラムの精神病理: 星をつぐ人たちのために(リンクはアマゾンアソシエイト)医学書院、2015。

精神科医が、一般の精神科医向けに書いた研究書。現在主流となっている学説を批判的に検討し、著者の臨床経験から得た独自の視点・知見を提示する。医師が自閉症者を「現象」として外側から見るのではなく、自閉症者自身が世界をどのように経験しているのかを知ることが重要と考え、その課題に対して著者なりに取り組んだ。

 

★★テンプル・グランディン『自閉症の脳を読み解く―どのように考え、感じているのか(リンクはアマゾンアソシエイト)NHK出版、2014。

自閉症者自身による自伝の先駆けとなったグランディン(動物学者)による、最新の自閉症研究の成果を踏まえた一般人向け解説書。アメリカの実証主義的な脳神経科学を下敷きにしているため日本人の著書とはやや趣が異なる。議論が当事者としての感覚的な理解にバックアップされていることはもとより、数十年にわたって経験と理解を執筆してきた中で積み重ねた推敲が反映されているため、説得力がある。

 

★★☆ドナ・ウィリアムズ『自閉症という体験(リンクはアマゾンアソシエイト)誠信書房、2009。

グランディン同様に自閉症者自身の伝記で有名なウィリアムズが、必ずしも医学や神経科学には依拠せずに独自の理論を展開した、いわば思想書。定型発達者は成長の過程で、動物としての人間が持っている本能的な能力を失ったが、自閉症者はこれを保持している人たちである、とする。

 

別府真琴『なぜ自閉症になるのか 乳幼児期における言語獲得障害(リンクはアマゾンアソシエイト)花伝社、2015。

内科医が、精神医学的自閉症研究における通説に対して批判と異論を提出した研究書。当事者として読む限り、着想として正しいと思える箇所はあるものの、それはほんの一部だけにとどまり、全体としては議論が大雑把で独りよがりか。

 

★★☆松本孝幸「<内側から見た自閉症>」(もと総合支援学校教員によるウェブサイト)

日本と外国での自閉症者自身による自伝書から興味深い一節を抜粋し、松本氏自身の教育現場での経験と照らし合わせて紹介・議論するウェブサイト。1000近い抜粋がある。

 

★★宮尾益知、滝口のぞみ『夫がアスペルガーと思ったときに妻が読む本(リンクはアマゾンアソシエイト)河出書房新社、2016。 

高機能自閉症者は仕事や業績で成功することが多く、世間的な評価が高い場合が多い。しかしその独特な考え方(強いこだわりや、他人の気持ちを読み取れないこと等)により、家庭において妻との関係が問題化しやすい。 「成功者」でもあり「いい人」でもある高機能自閉症の夫を持つ妻は、自分が間違っているのかと悩み憔悴する。この妻の状態を一つの精神病理と見立て、その解決策を模索する。精神科医が一般向けに書いた本。

 

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