なんだかんだで、まだいます

アメリカで人類学を勉強するプログラムから早々に離脱した後日談

発達障害というラベルを得て安心した。が、その安心はすぐに賞味期限が切れた。それでどうなったのか?

発達障害というラベルの賞味期限が切れた

自分はどうも他人とは違っているような気がすると若いときから思い続けて、でも誰しも他人と同じなんて有り得ないし、それぞれ何か違うっていう感覚を持ちながら生きるのが普通なんや、というごく妥当な考えで蓋をして生きてきた。

で、その違いをこれ以上は無視できない、なかったことにはできない、という限界点に達して失業した。問題と全力で向き合った結果、なるほどこれは発達障害なんやと知った。ラベルを得ることで大いに安心させられたし、自分からラベルを求めた。

ところが、ラベルが付くことで安心できる段階には賞味期限があるらしく、ちょっと前にそれが過ぎてしまった感じがする。

自分で自分の可能性を絞り込んでしまう

発達障害は本質的には「特性」に過ぎず、それが「障害」になるか「強み」になるかは生き方次第(社会との渡り合いかた次第)やということを(知識として)理解した。でもその原理を理解したところで、発達障害を強みにできるような生き方が簡単に編み出せる訳じゃない。

その現実に、直面している。

その現実は極めて過酷で、「人と自分が違うっていうのは気のせいや」と蓋をしていた時代には無かったような重みでのしかかってくる。昔も当然、実感としての違いをベースにしつつ、自分はこう行きていこうみたいな自分らしさを考えていたけれども、そのときの「他人は他人、自分は自分」という命題の重みとは全く次元が違う。

昔やったら、もっと素朴に得意なことをトライして、失敗したらケロッと諦めて次のことを試せばよかった。当時は、得意な事柄とかやりたい事柄というのは絶対的に決まったものではなくて、自分の能力と社会の状況を観察してビジネスチャンスを狙うときのような開放性と自由度があった。僕の性格として、しつこくトライし続ける粘り強さと「ケロッ」としたポジティブさを兼ね備えていたと思うし、だから物事がうまく進んでいたと思う。

ところが発達障害というラベルがついた今になって振り返ってみれば、その「ケロッと」性は、自分の特性について曖昧な理解しかなかったからこそ可能になってたんやと分かった。

何が得意で何が苦手なのかを漠然としか自覚できていない時、人間は大胆にチャレンジできるし、失敗しても前向きに次を目指せる。なぜなら成功の裏にも失敗の裏にも、運命的な決定性を感じないから。運悪く失敗しただけやろうし、運良く成功しただけやろう、と。

発達障害という観点から自分についての理解を深めた結果、そういう開放的な態度を取ることが不可能になった。

自分には何ができなくて、何ができるのか。他人と比べた場合にどれほど決定的な差異があるのか。そういったことについて、今や細密画を見るように正確に理解してる。

しかも、やりたいことを大胆にトライして派手に失敗した経験を経て、その失敗が自分の特性からの必然的な帰結やったということがはっきりと分かる。

そうすると、他にどんなトライをすれば同じような大失敗に繋がってしまうのかが、ありありと見える。あれもダメ、これもダメ。

もちろんそれは単なる予想に過ぎず、実際にはうまくいくかもしらん。でも「やってみなきゃ分からない!」というのはここでは意味をなさない。なぜなら直近の大失敗が心に深い傷を刻み込んでしまっていて、同じような失敗に至ると思えるようなトライを挑戦する気分には到底なれないから。

つまり、かつてあったようなケロッとトライし続ける開放性それ自体が、発達障害にまつわる経験と認識によって毀損されてしまったということ。自分で自分の選択肢を絞り込んでしまう。あれもダメ、これもダメ。

強みを活かすなんて言っても、簡単じゃない

では逆に、特性を強みとして活かす道は?

これは発達障害にまつわる王道の問いであるが、同時に王将なき詰め将棋のようなものでもある。強みとして活かす道なんて、簡単に見つかるのなら、蒸気機関の原理と一緒に見つかってる。簡単に見つからんからこそ苦労し、発達障害という概念に助けを求め、それでも派手に失業する。

確かにいくつかの具体的な分野や領域が候補として挙がり、自分の特性に照らして得意かな、能力を発揮して自分の居場所にできるかな、と思うことはある。でもそれを急に試したところで、一瞬で成果が上がるなんてことは当然ない。成果を出してその道で生きてこうとするなら、これまでと全く同じように、コツコツと地道に小さな成功を積み重ねていくしかない。当たり前ながら、初めて挑戦する物事というのは全く取っ掛かりも分からず、「努力のやり方」自体を掴むのに時間がかかる。

つまり、これまでケロッとコツコツ努力してきた分野は「ダメ、ダメダメダメ」と道を寸断され、じゃあ逆に得意なことは何やろうかと考え出した暫定的な答えについては「はい、ここに道を作ってください」と単なるジャングルを突きつけられる。そのジャングルの向こう側に何かがあるのかどうか、全く確証もないまま。

繰り返しになるけど、これらの事態は全ては、発達障害について理解を深めて自分の特性について明瞭に認識をするようになったからこそ起きていることやということ。昔やったら、そんなジャングルに敢えて向き合って「ここに道を作るには」なんて考えもしなかったから、「そんな無茶な」という悲壮感も当然なかった。

ラベルをもらって安心したのは束の間。今度は現実的な難問に直面することになる。いわば、質の良すぎるメガネをつけてしまった悲劇とでもいうか。これまで見えてなかった過酷な世界がありありと見えてしまう。そこに道があるのかどうかよく見えないまま掻き分け掻き分け進んでいた時の方が、幸せやったかもしらん。

他人と世界を共有してないってことに気づいた時の絶望感

ラベルによる安心が賞味期限を過ぎたということには、もう一つの理由がある。それは、「発達障害」という一次元的なラベルによって他人が「理解」してくれるだけでは、次第に満足できなくなってくるということ。そして一歩先の多元的な理解を他者に求めても、それが原理的に不可能やということ。

発達障害というのは脳の器質の特異性なわけで、それは世界を認識する仕方の特異性でもある。たとえば色覚障害を持っている人のことを「色覚障害を持っている」とラベル付けし、そのラベルによってのみ理解をすることは可能。ところがさらに一歩踏み込んで、では色覚障害の本人は世界の色をどのように見ているのかというのは、第三者には決して分からない。

ただし色覚について厳密に言えば、科学の進歩のおかげで様々な検査を用いて色覚を数値化しパソコン画面上で再現することは可能やし、最近は矯正メガネまで登場してる。

ところが発達障害は、色覚よりももっと複次元的な認知の特異性やから、今の科学では到底数値化できないし再現もできない。結果として第三者は、発達障害の当事者の感覚値にアクセスできない。

他人と共有できない世界を生きているということは、深い深い絶望感を伴う。

昔はそのことに蓋をしていた。「違ってるというのは単なる気のせいや」と思って、他者と世界を共有していると見做していた。ところが発達障害について知って自分の特性を理解したことによって、もはや蓋はどこかに消失した。自分と他人とが世界を共有していないという断絶状況が、目の前にありありと突きつけられる。発達障害というラベルで安心できる段階なんて、遠く過ぎ去ってしまった。

回復する時を見越して準備する力なんてない

道がなくなって路頭に迷ってると同時に、頼れる他人が存在しなくて絶望してしまってる。端的に言って、非常に辛い。

精神の生命力というか、生きることへの意志みたいなものがもともと強くない人間やっていうこともあって、生きたいという気持ちより絶望感の方がちょっと優ってしまってる。今すぐ死にたいというわけではないけど、生きる力みたいなもんが不足していて、「死んだしまった方が…」っていう気持ちに恒常的になってしまってる。

他人との関係においても、「どうしても説明や気持ちが伝わらへん」という意味での「理解されなさ」であればまだいいけれども、少しでも相手から攻撃性や批判性を感じ取ると、この人は絶対に無理、コミュニケーションするだけで自分の傷が深まると思ってしまって、もうそういう人とは順番に縁を切っていってる。

おそらく、これからのいつかの時点で人生がうまく行き始めて今のことを振り返ったならば、そうやって縁を切ったことは後悔するんやろうと思う。縁を切るまで行かなくても、SNS上やら何やらでネガティブな言葉を吐きまくってるのは、ほんまに自分の人間関係に傷をつけてるし、もっと言えば自分の人生の可能性に自ら傷をつけてると思う。

けれども、先のことをそんな風に見越して計画的に「今は我慢しよう」とかちゃんと考えられるような精神状態じゃない。とりあえず自分の心を防衛することに必死で、煮え繰り返るような憎悪は何らかの形で吐き出さないとヤバイし、切るものはバシバシ切っていくしかない。好転するタイミングが来たなら、その時点で残ってる人間関係の中から頑張って人生立て直していこうと思う。

 

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