なんだかんだで、まだいます

人類学をやり続けるしつこさには定評がある

発達障害を作るのは社会か自然か

「ハイパーアクティブ:ADHDの歴史はどう動いたか」という本を読んだ。ADHDという「障害」をめぐる科学史(医学史)の本。

ハイパーアクティブ:ADHDの歴史はどう動いたか

ハイパーアクティブ:ADHDの歴史はどう動いたか

 

 著者はイギリス人。自分自身が子供のころ「多動」だったが当時は「やんちゃ」くらいにしか思わなかった。その後、科学史の研究の過程で多動の少年と出会い、また息子が多動であることからこの概念について考えるようになって、ADHDについてのこの研究を書いた。

要旨

今日、ADHDという概念は世界中で用いられているけど、それは1950年代からアメリカに生まれ出て、20世紀末に近づいて初めて世界へ輸出された。いま日本で主流の理解は、「ADHDとは、脳の神経学的な器質に起因しつつ、環境要因と器質要因との相互作用によって生活上の困難として表出する、行動の特性」というもの。でも歴史的には、複雑な変遷を経て発展してきた病理概念である。

ひとつの背景は、1950年代、60年代の始まりの時期において、アメリカが科学技術立国を盛んに目指したこと。時代は冷戦真っ只中で、57年にはソ連スプートニクを打ち上げた。国民の知的・科学技術的水準に危機感を持った政府や専門家が、学業的に不振な一定の集団を問題化し、対処すべき病理としてこれを概念化した。それが、今日のADHDにつながる「多動・注意欠陥」の端緒。

アメリカでの多動概念の発展に寄与した別の背景は、多動の治療に効果があるとされた薬(リタリン)を販売する製薬会社の努力。製薬会社は、医師や学校やPTAに働きかけ、薬と一緒に「多動」概念それ自体を売り込んだ。

この本が指摘してるもうひとつの背景は、精神科医療の3つの派閥の間の主導権争い。まずユダヤ人の米国移住に伴ってアメリカで隆盛を誇った、フロイトから始まる「精神分析」、つぎにミシェル・フーコーに代表される、社会が病理を作り出すと考える「社会精神科」、そして精神は生物としての身体や神経学的な脳の機構に根拠付けられるとする「生物学的精神科」。精神分析は、「エセ科学」という誹りに脆弱で、自分自身に科学的な権威を与えることを常に渇望していた。社会精神科は、階級や環境を問わず多動症状が観察されることを、説明できなかった。そして、薬を使うことで多くの「患者」をマス規模で「治療」できる生物学的精神科が、権威を獲得していった。

しかし、そうやってアメリカで発展した生物学的なADHDの概念は、他の国に輸出される段になってみると、各国が病理について考える時に持っている価値基準の違いに応じて変化していった。アメリカにおけるADHDと全く同じものとしては普及しなかった。普遍・唯一のものとしてのADHD概念は疑わしい。社会的な環境要因や親子関係や食品添加物が、神経学と同じくらい関係しているし、またADHDの裏返しである教育的な要求も、重要な要素である。

筆者の主張はそういうことです。

日本の状況に照らすと

日本の専門的な医学書では、生物的側面と社会的側面とが並列的に強調されていて、この本の考えとかなり近いADHD理解が主流やと思う。しかし一方で、もっと一般の人口に膾炙したADHD理解においては、それは脳神経学的な器質であるという考えが比較的優位にあると思う。世界のどこの国でもそうであるように、日本では、「科学」的な専門知への信頼が厚く、「一般人」は自分たちにわからない化学や生物学といった「科学者の知識」を信奉していて、場合によっては盲信にもなりがち。他の国よりも、日本は特にその傾向が強いかも知らん。

つまりADHD(やその他の発達障害)は、恐らく、半分は生物学的なものであり、半分は社会的なものである。単に生物学的な器質にのみ着目していては見えてこないものがあり、この本はその見えにくいものをはっきりと見るための案内のようなものです。

結論の章から印象深い一節を引用する。

私の学童期には、慎重に使用されていた「革ひも」の脅しが、確かにほとんどの時間、私が列から離れないようにするのに効果的であった。このような体罰が今日おこなわれると、それは一般には身体的虐待とみなされるし、そのことは正当なのであるが、このために子どもと大人の間の関係のバランスがいくぶんか変化した可能性はある。たぶん多動症のような障碍の一部は、そのバランスを埋め合わせるために生じたのだ。その結果大人は物理的ではなく生物化学的に子どもを統制するようになった。それはトラジンのような抗精神病薬が化学的拘束衣として使用されたのと同じ措置である。(P285。強調は僕) 

ガラガラと崩れる昔の社会と、急速に立ち上がる新しい社会

以上は本の紹介。以下は僕自身の見解。

ADHD(やその他の発達障害)は、社会の変化によって生まれ出てきた。それは間違いなく事実やと思う。例えば、僕の知ってる70歳近いある男性は、恐らく発達障害やけど決してそれを認めようとしないやろう。「精神医療なんて、捏造や」(抄訳)とよく口角泡を飛ばして言っている。それはある意味ではそのとおりであって、実際、彼は生まれてから彼なりにうまく(?)生きてきて、ある種の社会的なステータスも獲得した。かつて成功者やったのに、急に「障害」なんて呼ばれても、「ふざけるな」と思うのが自然やろう。

でも時代が変遷して社会が変化して、周囲の環境がかつて個人に対して求めていた資質・行動・能力の基準がガラガラと崩れ去り、新しい基準が急速に立ち上がっていっているのが、この現代という時代。かつての基準の中で成功した彼は、昔築いた努力の術や成功の方法の枠内でしか物事を考えられない。そのとき彼の器質的な特性が、新しい世の中で、かつて上手くいったほどには見事な適応ができない。昔なら発達障害とは呼ばれなかった単なる性格・人格が、今の時代に発達障害と呼ばれるのであれば、それはごくシンプルに言って「社会の変化が生んだ障害」というべきやろう。

しかしその一方で、「発達障害? あぁ、世の中が変化して、昔は普通のことやったのが、今どき変な名前をつけるよね」とか、「俺が『障害』? 俺が障害やとしたら、いったい障害っていう言葉はどういう意味なんや」とか言って片付けてしまうことは、全力で阻止しなければならない。時代が変化して初めて誕生した「障害」は、だからといってそれが虚構であるわけでは決してない。今の時代が今の時代であることは厳然たる事実であって、そのなかで生きづらさを感じるある種の特質がある限り、それは障害として認知され、配慮され、理解されていくべきもの。昔はどうだったか、は関係ない。僕たちが生きているのは今の時代やから。

絶対に忘れない言葉

その男性はもう70歳近くて、「障害」なんて言葉をいきなり受け入れるには歳を取りすぎたかも知らん。本人がストレス無くやっていけることが一番大事やと思うから、無理に押し付けるものではない。でも僕は、とある人に対して全力を尽くして状況と気持ちを説明し、協力を求めたときに、その人から言われた言葉を一生忘れない。

これまでの人生で誰にも知られず生きづらさを感じてきたこと。それが生きづらさであることすら知らなかったこと。その困難が具体的な問題へと結晶化してアメリカの大学院でつらい経験をしたこと。焼き捨てるように帰国した後、自分で勉強しつつ医者も頼り、その経験を医学的に根拠付けたこと。そして、それらすべてを踏まえて、自分の特性を把握しながら改めて再チャレンジしたいこと。そのために「あなた」に協力してほしいこと。それら全てを一通の手紙に込めて送った相手は、こういうメールを返した。

発達障害は、社会の変化で、いままで「障害」とは考えられていなかったことが「障害」と見なされる面があると理解しています。XX君に適した勉強の仕方、生き方があると思いますので、気持ちを強く持ってください。Y田(~~にて)

気持ちを強く持ってください? 適した勉強の仕方がある? 最大限の力を振り絞って、自分を強く保つことによって、今この手紙で説明したプロセスを踏んできた。そしてこの手紙を送ること自体も、気持ちを強く持とうと力を振り絞ってるからこそ出来ること。「社会の変化で障害とみなされるようになった側面がある」なんて、そんなこと、百も承知や。それらを全部踏まえたうえで、こうやって相談してる。知ったようなことを言って、有耶無耶に済ませるな。協力を断るなら、はっきりと断ればいい。ふざけるな。

「社会の変化によって生まれた概念」と言って済ませてしまうことは、その本人の持ってる内面的な苦悩や、どうしようもない生物学的な制約を、根本から無視してしまうことになる。いかいも学者っぽい「知的」で「物分りの良い」そういう考え方が、世の中の言説の裏に隠された真実に気づいているといった視線を上から投げかけることで、自分を非当事者として特権化し、当事者の苦悩を顧みないための「正当な」理由を自分に与える。

 

僕は発達障害の社会的な側面を否定するものではないです。でも同時に、生物学的な側面も決して忘れたらあかん。発達障害の仕組みはまだ確定的な解明に至っていないけれど、今のところの人類の持っている知識では、おそらく社会と生物の両側面から複合的に出来上がっている特質です。そのバランスを忘れないようにしたい。

と、科学論的には陳腐な結論。でもそれでいいんです。

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